† 地上で咆える黒羊 †

−粋と笑いの美学−
<< 禁断のまるしろ占い | TOP | タイピングソフト >>
2005年12月
0

    先月、2年ぶりになるのかな。
    元DK52の小薙さんと会う機会があった。
    小薙さんに、「あのお前がスーツ着て、しかもワイン片手に座ってる」

    ありえない(笑

    そんな話題があった。


    というわけで、12月の思い出を並べてみることにした。
    *長文になるので注意
    そもそも大前提として、12月ってどんなイベントがあるのでしょうか。
    ・クリスマス
    ・忘年会
    ・大晦日〜新年
    あと何かあるっけか。


    20年以上前
    さすがに忘年会なんてなかったな。
    でもクリスマスの思い出も特にないなぁ。
    あえて言うなら、年が明けるとお年玉を貰える。
    そして、そのお年玉は兄貴分達とのサイコロ遊びで
    大人達に回収される・・・・・・・・・。
    今だから言えるが、世の中そんなにおいしい話はないぞっていう
    社会勉強だったのかもしれない。
    あとこの時代のおかげで、ギャンブルに没頭する事が今でもないかな。
    当時、パチンコの一発台で遊んでたけど
    機械相手にただ座ってるぐらいなら、ゲームのが楽しいなと良く思った。
    麻雀とか運+αな要素があるギャンブルなら好きだけど
    別に大金賭ける必要性を全く感じないし。
    そんな小学生時代だったような気がする。
    あと、すっげ理屈ぽく捻くれたガキだった。

    15年くらい前
    毎年クリスマスの日は、部活の仲間と友人宅で朝まで飲んでた。
    この頃から日本酒を飲みだし、よく暴れてた。
    大晦日も同じ仲間で集まり、朝まで語り合ってた。
    誰かが毎年必ずする話題がある。
    それは、「愛のあるSEX」と「愛のないSEX」について。
    だいたい愛って何なんだよって、毎年答えてた気がする。
    あんまし興味ない話題でめんどかった。
    この頃に人間関係がすごく嫌になった。
    大人数が集まると、必ずといって良いほど派閥みたいなのができる。
    どうでも良いことで争いになるのか、さっぱり意味がわからない。
    まぁ、俺には関係のない話しだと自由気ままに遊んでたかな。
    その結果、この時代に習得したことに
    ・俺は俺
    ・楽しいことなら誰とでも楽しく
    ・いつ何時、誰相手でも言いたい放題

    あ、思い出した。
    「あずまんが大王」って漫画で、「とも」ちゃんが旅行先の部屋の鍵を
    どっかに投げちゃうのよ。
    この鍵がないと入れなくなる・・・そう考えたらついみたいな。
    俺も学校の旅行で、玄関の鍵を外に投げ捨て逃亡したことあった。
    あの時はおもしろかったんだが、今考えると意味がわからん。

    でもまぁ、あんまり縛られない学校だったのかもしれない。

    10年くらい前
    バスケ以外の思い出がない。
    バスケ引退後は、クリスマスも大晦日も元旦もバイトしてた。
    一応、進学校だったので大学受験に必死だった。
    みんなが。
    俺は大学受験をする意味が分からず、そんなお金もないので
    就職組だったし。
    就職の面接で、100mを5秒で走れますと本気で間違い
    世界記録を大きく更新してると突っ込まれ
    混乱した俺は、100mって何mですか?って痛い質問を返し
    見事、余裕で落ちた。
    その結果をうけ、俺が社会に出るのはまだ早いと痛感し
    新聞配達奨学生をしながら、適当な専門学校に入ることにした。
    学校を決めた理由が、八王子だったから。
    今でも大好きな漫画、「パトレイバー」の工場が八王子だったから。

    ちなみにバスケット現役時代にコーチから言われた暴言
    「おまえのバスケはオナニーだ。オナニーバスケットだ。」
    これが全てである。
    1年生の時から、キャプテン番号である「4番」をつけ
    ポイントガードでありながら、パスが嫌いで
    速攻で前がガラ空きなのに、スリーポイントを打つ。
    そして、自分に酔いしれる。
    つまり、以下の人間性を部活で培ったのだ。
    ・団体行動が嫌い
    ・自分大好き、他人はどうでもいい
    ・支配欲が強い
    ・権威、権力が好き
    どうしようもないな・・・・・(;´Д`)
    でも、練習は大好きで誰よりも朝早くから体育館に行き
    練習量と根性は良かったと思う。
    その結果がシュート成功率に結びついてたわけだし。

    だが、後にこの身勝手さが自爆的な挫折に自分を追い込むのであった。

    8年前
    新聞配達をやってる者にとって、12月は試練の月。
    特に雪が降る場所は、試練中の試練。
    八王子で大雪が降った年は、朝刊配達に9時間以上かかり
    3時間の休憩を経て夕刊を6時間かけて配達した。
    そして、さらに5時間の休憩を経て朝刊・・・・。
    元旦の配達は1年最初の配達であり、広告がバカみたいにあり
    めちゃくちゃ重い。
    やっぱり7時間くらいかかる。
    しかも、インフルエンザで高熱をだし
    意識朦朧とする中、「死んだら交代してやる」と
    無茶苦茶なことを言われながら、気合いで配達した。

    またこの時代に初めて、仲間との友情を知った。
    自分が1年目の時は、派閥争いで大変だったが
    どうにかみんなが仲良くなれないか、必死に叫びまくった。
    結果として、うまくいかなかったが良く仲間と朝まで語り合った。
    人間同士のこと、社会のこと。
    こんなに人間が争うのは社会のせいだと思い込み
    いつか俺が社会から争いをなくす!と宣言し
    完全に間違った方向で、危険な思想を抱き始めたのであった。
    そう、身勝手な平和思想を信じだし、後に大学で叩かれることとなる。

    自分が頭になった年からは、争いが完全に消えたのも
    独裁政権だったからってのもあるのかな。
    最近になって、そうでもなかったかなと思うこともある。
    当時の後輩達と今でも付き合いがあり
    どうも俺が支配してたんじゃなくて
    ダメダメな俺達がしっかりしてないとダメっすよ的な先輩だったのかも。
    今だに、後輩達から心配されるメールが来るんだよね(;´Д`)

    どっちにしろ、本音でぶつかりあえる仲間がいたおかげで
    あぁ、男同士の友情っていいなぁと思うのであった。

    5年前
    クリスマス、大晦日、元旦とバイトを入れまくり
    固定のバイト+短期バイトに明け暮れた。
    また大学では、政治学の教授に
    「おまえは現代に復活したヒトラーだ」
    そう叩かれまくりながらも、俺自身が講義の題材になるという
    お世話になりました~~~-y( -д-) 、ペッ
    いっぱい論文書いたなぁ。
    その度に、民主主義を批判しまくる文章を読むこと自体
    「気持ちが悪い」
    そんなことばかり言われ続けた。
    でもいっぱい色んなことを教えてくれた人だった。

    すっごい挫折したけど。

    どんな文章を書いてたかというと
    簡単に言うと、争いをなくす方法として
    逆らう奴らを根絶やしにするというシンプルかつ最悪なシナリオ。
    ちょっと、今のアメリカぽいね。
    随分と叩かれて、勝手に挫折したけど。

    でも大学時代に色んなことを経験して
    自分以外にも人がいっぱいいて
    自分1人じゃ何もできないってことに気づいた。
    自分が考えてた事は、1人よがりで甘甘な小僧な考え。

    大学を卒業する頃には
    原因不明な怒りとかがなくなって
    社会が本当に平和になる方法として、新しい考えが生まれてた。

    それが「笑が世界を救う」ってやつ。
    笑ってさ、1人じゃ生まれないし。
    みんなが笑えれば、そこに争いはないかなって。
    んで、俺にできることは、自分の視界に入る人達ぐらいは
    笑で幸せにできるかなって、そう考えるようになった。

    そこで初めて、社会に出て働く意味を見つけられ
    また自分がどんな仕事をしたいかってのを真剣に見つめられて
    今現在にいたります。

    まだまだ未熟ですが、残り少ない2005年を明るく乗りきろ〜。

    今年は楽しい12月にします。
    当然、自分だけじゃなくね。
    黒羊閑話休題 | 07:41 | author ネイラ | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント
    コメントする










    この記事のトラックバックURL
    トラックバック機能は終了しました。
    トラックバック